2008.09.23

お腹がすいたら

お腹がすいたら・・・・・

冷蔵庫周りをウロウロしましょう。

そして、すぐお口にできるちくわとか、カマボコは見てみぬフリをし、

余ってる置き冷や飯は出来る限り無視をし、

みずみずしく輝く果物類は、無かったこととし、

なんだこのチョコレートは誰のだ!というのも、気が付かないフリをし・・・・

水を飲みます(笑)

寒いときはあたたかいインスタントコーヒーを入れましょうか。

頑張ってノーカロリーな液体でお腹をごまかして、ダイエットに夢中です。

どうしても何かを食べなくては精神が破壊されそうなくらい切羽詰ったときは、飴を舐めます。これがいいんです。特に沖縄黒糖飴が好きです。中に砕いた大豆を混ぜて作った黒飴が一番好きです。一個で長持ち度抜群なのです。好きといえばメントスが一押しなんだけど、彼は美味しすぎて気が付くと一本の棒全部がお腹の中に、ということがしょっちゅうなので、あまりにお勧めできません。彼は山登りに登場していただきましょう。きっと、熊に遭遇しても、お尻を振りながらメントスを投げて与えると、余裕で友達になれそうな気がします。そう、熊と一緒に並んで、笑顔で仲良くピコーンとメントスを味わうヤマノボラーです。

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2008.09.12

ぽよぽよ

Cocolog_oekaki_2008_09_12_23_17

落書きには、深い意味も、浅い海もありません。

遠浅の海は好きだけど、昔、海が今以上汚れていた頃のヘドロを思い出します。

歩くと、足にヌプヌプとまとわりついていた泥は腐りかけた臭いを放っていました。

だけどそんな泥の砂浜から、アサリはたくさん採れていました。

美味しかったなぁ。

今の海は、砂浜も海水もとても綺麗になったけれども、潮干狩りをする気にもならないのはどうしてなのだろう。

綺麗な海なのに、アサリの数が恐ろしく減っているように思えるのは、きっと気のせいなんかじゃない。だから食べる気にならないんだなあと思います。

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2008.01.30

THE有頂天ホテル

観ました。

面白かったです。

こう、なんていうか、いわゆる、普通のおとなしそうな目立たない、いわばもっとも日本人らしい日本人キャストといえば、トナカイのこう配を研究している夫を持つご婦人、のみかもしれないというすごいメンバーぞろいの映画だと。

トナカイの被り物を喜んで被りながら、喜んで格式高そうな授賞式を大真面目に執り行う面々とホテルサイドの姿勢は素晴らしいです(?)

フォークシンガーを目指すホテルマンしんご君の歌は、聞く前からある程度想像ついてましたが、ジャズシンガーの素晴らしい歌声までは想像つかなくて、本気で聞きほれました。稀有な声をもう一度聞きたいと思いました。汚れ悪役の唐沢君のせりふの「トウが立ってるけどいいもの持っているんですよ」という言葉は、ラストにてググッと証明されて、最高の盛り上がりを見せました(これは本当)しかし、あのイケメンの唐沢君が、あんなに柄が悪くて嫌われ役ができるなんて驚きでした。い、いいの?その路線の役をやっちゃって・・?と、心配にもなりました。奥様はどんな気持ちでごらんになられてるのかなぁ(下世話ですみません)

しかし、ほんとうに、あのラストの歌は良かったなぁ。お笑い映画なのですけど、あの歌は元気がもらえます。「私を見て、今までとは違うのよ」という歌詞と、声色にグッときます。

大御所歌手の西田敏行は、メタボなお腹が可愛かった♪

最後は、好きで、やりたい仕事がありながらも生活のためにホテルマンという職業を選んだ役所コウジが、「やりたいようにやらなきゃ、人のためではなく、自分の好きなように生きなきゃ」というテーマが見え隠れするこの映画を裏切って、実は大好きなホテルマンという仕事を改めてフレッシュな気持ちで始めるのだという、生き様を「いらっしゃいませ」という笑顔で表現してました。本当に自分がやりたいことは、私たちは、じつはもう自分で選んでやっていうのかもしれません。主人公はどたばたとした大晦日ですったもんだした挙句、ふっとそのことに気がついたのです。そして、何もかも吹っ切れたあの笑顔。まさに大どんでん返しが、笑いの中にこっそりと含まれていました。そのことがこの映画の隠された裏テーマ、なのかも。

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2008.01.28

EARTH

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の演奏という前書きに引き寄せられて観てきました(1月24日)

>>>EARTH

前宣伝から楽しみにしていた、素晴らしい映像の数々を見ながら、

音楽をゆったりと聴きたいという思いでした。

内容は、主人公=地球といううたい文句でしたから、どんなものかと、楽しみでした。

奇想天外なストーリーもあるわけではなく、

ただただ、延々と、現在のもっとも美しい地球の姿を、断片を、

北極から南極まで、そこに住んでいる動物たちと旅をしていくだけですが、

2時間があっという間に過ぎていきました。

自然というものは、そこにあるだけで、なんて雄弁なのだろう。

言葉無くても、なんてたくさんのことを、わたしたちの心の中に投げかけてくるのだろう。

わたしは、この映画を観て、次の日に、壊れた自転車を修理に出しました。

渡辺謙さんのナレーションの最後の言葉

「わたしたちが、できることをしよう」

きっと、この映画を見た時点で、

わたしたちには聞く必要の無い言葉なのかもしれない。

というのは、

この映画で感動して、

温暖化防止のために何か出来ることはないかと考えている自分がいます。

きっと、その場にいた人、みんなが、

何かしら感じて、

小さなその第一歩をどう踏み出すかを考えながら映画館を後にしたと思うのです。

わたしも決心しました。

車をできるだけ乗らないようにしよう。

歩こう。

自転車に乗ろう。

・・・今年は湯たんぽがよく売れているそうですね。

なんでみんな、同じような発想するのかなぁって面白くなりました。

我が家も今年から、何故か湯たんぽ復活しているのです。

湯たんぽ、いいですよ~。

一晩中あったかくて、朝は、湯たんぽのお湯で顔を洗うんです。

気持ちがいいです。

暖房よりもずっといいです。

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2007.09.22

ボーリング

1X年ぶりにボーリングをプレイしてきました。

玉ころがし。うん、玉ころがしですね。重たいボールを抱えながら溝のあるレーンをゴロゴロ転がして、いったいなにが面白いのだ。いや、面白いんだなあこれが。

何で面白いんだろうね。きっと、取れそうで取れないストライクとか、スペア取ったあとに力んでしまってガーターになるところとかが面白いんだろうな。そして、その1投1投に一喜一憂、または、ぶつぶつと己の投げ方を振り返りながら次投げるときの修正箇所を考えるときが面白いのかな。

一緒に遊んでるヒトと、競り合う楽しさもあるよね。メンバーにストライクが出て、やった~!と叫んでハイタッチしながら、内なる自分は「くく、や、やったな~、次は私もきめてやるってばよ!」とかメラメラと闘争心が燃え盛るが、さわやかな笑顔でまったくそれを感じさせずに和気藹々と楽しむあの微妙な駆け引きもおもしろいんかな(そりゃ、自分だけだろがっ)

ボウリングは運試しだ。レーンによって、真っ直ぐ投げたほうがいい場合もあれば、端から投げれば、なぜか変化してきゅきゅきゅ~っと真ん中に拠ってストライクになることもあります。セオリーどおりに真ん中ピンの微妙な横側から、カーブして、これは決まったと思っても残ります。ど真ん中に入ってしまったと思ってたら、らっきーの重なりで、情けなくばららららとうまく折り重なるように全部倒れることもありで、先がまったく見えないのです。

玉の重さで、ストライクの数が違うと思います。同じようにベストポジションに入っても、パワー不足や回転不足でピンが倒れないのと同じだなぁ。それでは重い玉を投げればよいかといえば、投げれるものじゃない。だいたい、重い玉は転がすばかりか、持つのさえ無理です。よって、力のある男性有利なのは、悔しいけれども仕方が無いと思わざるを得ないのがとても悔しい。だから、素人が正当にポイントを競争するならばハンディをつけようぜ☆とまじめに思うのですが(笑)

でも、軽い玉でも、それなりに回転をつければ、ストライクになる可能性も高くなるかと、色気を出して手首をひねったりしちゃったりしたら、一直線にガーーターと消えるんです。そもそも、回転ってどうやって付けるのだ。あんな重たい玉に回転?あ、ありえないぞ・・・

どうも素直に投げないと、勝負どころか、ピンを倒すこともままならぬと、ソフトボール風下手投げをイメージして、まっすぐねじらず、平行に押し出すようにしてみると、ボールはやる気がなさそうにノロノロと転がって、ごろろんごろろんろん・・・と、大儀そうに転がりました。まぁ、当たるだけましでした。

一度でいい、あの、ズサっと投げて、「スカーン!」とはじけるような気持ちのよいストライクを出してみたいものです。あれは気持ちがいいなぁ。素直にかっこいい~と思えるんだよね。その反面、ごろごろごろろろん・・・で取れたストライクは、自分が取れたら「ラッキー」、人が取っても、やはり「ラッキー!」なんだ。決して「お~!かっこいい~!」ではない。それは実力の差だ。しかも歴然とした、そうだなぁ、得点にしてみれば、115点レベルと、175点レベルの差とも言うべきか。う~ん、悔しいなぁ(笑)何がって、きっと、一生懸命に練習しても、「スカーン!」なストライクは一生出せないというところ々です。

ひとつ、寂しいのは、昔々、小学生だった頃、田舎のレジャーの花形であったボーリング遊びは、今のリッパな施設のように、全てコンピュータ制御であるわけは当然無く、スコアだって、自分で計算して手書きでした。あれが面白かったのですよね~。一つ一つのボックスには、鉛筆と消しゴムが置いてあって、スコアの付け方を説明したボードがありました。それを見ながら、ああでもない、こうでもないと、子供同士で鉛筆を取り合うようにしてスコアをつけることをも楽しんでいました。スペアの斜め線やストライクの蝶の字を書いて、黒く塗りつぶすのが楽しかったものです。今は、全部コンピュータが計算してくれるから、鉛筆さえもカウンターにおいていませんよね。ちょい寂しいですねやっぱり。あれでポイントの計算の仕方を、小学生でも知らず知らずのうちに覚えていたのですよね。やっぱり、何でもオート化は良くないッス。だって、今のシステム管理されたボーリングでは、点数を計算する楽しさとかは無いのですもん。簡単便利になる代償に、何か、さまざまな側面からゲームをとことん楽しむって感覚が薄れていく気がするのは私だけ、かなぁ?

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2007.09.16

鳥居

鳥居って、どうしてあのような形になったんでしょ( ・_・)ノ☆

鳥居に一歩足を踏み入れると、そこは神域。俗世とは切り離された特別な場所。でもね、どうしてあの形なの?と、ふと疑問がわきました。とある集まりで話題になり、その答えを誰も知らない。気になって夢にまで出てくる始末。

調べました。某巨大百科事典サイトで、信じる信じないはロム者の自由。面白ければ信じます。面白かったのです。ズバリ、鳥居は、鶏が止まっていたから鳥居なんです。ははははっ。そ、そのままだった・・・。

なんでも、天照がお隠れになられて、どうしても出てこないので、鶏を鳴かせたのですが、そのときに鶏を止まらせたのがその形をした鳥居だったとか、うそか本当か、よいではありませんか。それがどうして神域と俗世の境界とまでご出世されたのか、その辺りの記述が無かったのですけど、そうか、止まり木か。。。私は、つい先日、竹原にある黒滝山に登ってきたのですが、その山の中腹にかわいらしい鳥居があるんです。高さ1メートルにも満たない鳥居です。なんでも、その鳥居は「幸福の鳥居」と呼ばれているようです。

Littletorii

こんなに小さい鳥居。これをくぐるとなると・・・くぐりましたよ。幸福という二文字に踊らされて。這いつくばって、ボディを無理やりねじりこみながら通り抜けましたけど、こ、これが神域と俗世との境界と呼ばれるのなら、いろいろな意味で鳥居をまたぐということは、思ったよりも簡単なことではない、雑念を捨てて、こころを一つにしていかに見苦しくなくとおりぬけることが出来るかということが大切になり・・・神々しさや厳かな響きは皆無で、どこかのお笑い根性編のような苦労が要りました。当然、同行者には思いっきり笑われました。うむ、ある意味では笑いが降って降りたので、これも一つの幸福・・・?

そんな楽しい俗世を見るのも、また良いかもと思い直したので、天照神さまはもう一度明るい世界に戻ってきたの・・・

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2007.09.14

どんだけぇ~

( ̄ー ̄)どんだけぇ~

と、最近の子供たちの会話はこの単語さえあればほとんど成り立つようだ。

特に、小学校高学年から若者たちの会話には、どんだけ~が多数入り混じっている。どんだけ多いのかって思うほど、皆様連発しているよ。

使い方の例としては、こんな感じ。

「あたしったら、どんだけテレビ見てるのよ、明日テストだってのに。」

「ほら、私は普段からこつこつ勉強してるしさ、少々テレビ見たって、ってどんだけぇ~

自主突っ込みするのにもかなり便利である。

また、人を責めるときにも使いやすい。

「あの人、また前の彼氏と別れて、新しい彼氏をつくったってよ。」

「え~、どんだけ~

「っていうかぁ、あの人、また遅刻?遅いね~」

どんだけ人を待たせるんよ~」

う~む、便利である。実に便利だ。今一番旬な流行語に違いない。決して流行語大賞には選ばれそうにはない言葉だが、きっと、日本中の統計を取ってみれば、今、一番口から出てくる言葉としてどんだけ~はナンバー1に違いない。まさに、どんだけ~だ。

どんだけ~は、ちょい昔、渋谷のギャルたちが発した言葉だったそうです。それがどういう経路か新宿2丁目のゲイバーなどで流行り、またたくまに広がって、流行にまったく疎いと思う我が家の娘でさえも何不自然もなくどんだけ~、どんだけ~と連発して、しまいには、母親までは悪びれもせずに使っている。ほんまにどんだけ使いやすい流行語なのだと思う。

そいえば、私らが娘ッコだった頃は、全ての会話は「え~、ウッソー、かわいい♡」で、成り立たせていた。何を言っても「えー」と言っておけばよかった。実に楽だった。それと似ている。どんな意見を持っていようと、その言葉を発すればとりあえず楽に受け答えができる。そもそも、何かしら話題提供するのは、誰かにあいずちを打ってもらいたく、しかも感心?寒心してもらいたい微妙な欲がある。その話題に満足する言葉のキャッチボールが返ってこなくても、とりあえず「え~、うっそ~」って言ってもらえれば、なぜか共感してもらえた錯角に陥って不思議と満足できるのだ。それとも似ている。「どんだけ~」と返してもらえたら、何、満足してんの私って思うくらい満ち足りているのだ。

一度、若者の会話をじっくり聞いて、彼ら彼女らの話の中にどんだけ~がどのくらい出てくるか数えてみるのも面白いかもしれない。「どんだけ暇人なんだ」と自主突っ込みしながら。

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2007.09.13

一週間内ならいつでもいいのね?

( ⌒o⌒)今日、会社の上役の方に質問されました。

「おはぎって、お彼岸のいつ、お供えするの?」

うっ・・・

知らない・・・・

知らないぞ。いつお供えするかなんて考えたこともなく、お彼岸にはお墓参りをして、手抜きな年にはスーパーでパック入りおはぎを、ちょっとリッチ~で気が大きいときには洒落た和菓子屋で、由緒ただしそうに見えるおはぎをお供えして、一時間後(いや、もっと早い)には口の中に消えていた。

正しいお供えのタイミングという常識があるかと思い、調べてみたのだが、おはぎは一週間のうち、いつお供えして、どんなタイミングで食べればよい、なんてこと、日本の常識サイトにもどこにも記述がない。そもそも、タイミングなんてものは無く、もとはといえばご先祖様への供養にとお供えするだけで、俗世の、まだ彼岸へと到達していない我々は食べるというものではないのだそうだ。

しかも、お彼岸といえど、お供えするものは同じ形状のお菓子とはいえ、名前が春は「牡丹餅」と呼ばれ、秋は「お萩」と呼ばれる。よくよく調べてみれば、夏は「夜船」、冬は「北窓」と呼ばれるらしい。その理由が、また強引だった。おはぎ、いや、ぼたもち、まぁいいや、このお菓子は、もち米と普通のお米を混ぜて、餅とは違う作り方で作る。ぺったんぺったんと音を立てずに、つぶして作るから大変静かに出来上がる。夜の船はいつ着いたか分からないという静けさで着くから、夏場は夜船と言うそうだ。冬もおんなじような意味があった。

で、肝心のお供えする時期が分からない。お彼岸入りも中日も明けもいったいどの日がもっとも重要なのか。きっと、作った直後がもっとも大切なときなんだろう。だって、作りたては一番おいしいもの(話がずれてると思う)

余談ですが、おはぎは粒あんでつつみ、ぼたもちはこしあんでつつむものだという話と、いやいや、おはぎもぼたもちもまったく一緒、両方とも粒あんなのだという話とどっちが本当なのでしょう。個人的には粒あんが好きです。やはり、ちいっとは骨のある粒ぞろいなヤツでないと面白みが無い(・・・?)

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2007.09.11

どの子が一番好き?

(≧∇≦)

ナルトにハマってしまった。
キャッチコピーの言葉どおりだ。大人もハマれ!

はまったよ~

私が精神的に外見的に大人かどうかは別として、戸籍上は立派な中年女である自分も十分に楽しませてくれる超面白い漫画だ!

一番の魅力は、個性的で登場背景や暗い過去を背負い込んだ一人ひとりの人生がきめ細やかに書かれている登場人物すべてを、なんらかの形で関わり合いながら共に成長したり、助けたり、助けられたりする時間の流れの中で蓄積されていく、ナルトと仲間たちとの深い繋がりのあり方なんだろうと思う、というのは表向き。0番の魅力は、出てくるメンバーがめちゃくちゃ面白くてかっこ悪くてカッコイイってところに尽きる。

ヒロインナンバー1の春野サクラちゃんも大好きだ。作者自身が実にかわいくない女の子だという彼女は、自分に正直で強くて弱くて楚々としたところが皆無なばかりか、表面上は女らしいところを装いたいらしいが、内なるサクラはいつも「しゃんなろー」と怒っているところがイイ。とても共感する。とても女くさい中の男前の女の子を描くのがうまいなあと感心した。

可愛い女の子は男の中の幻想だ。大多数の女の子は、男の好むタイプを敏感に感じ取ってその好みに合わせて変化する。しかもそれと気づかせないようにごく自然に。またあるいは、そうしようとしている自分にその自身さえも気がつかない天然ちゃんの場合もある。素敵な女性であるということは、それだけでとても頭が良くて切れ者ってことだ。サスケくんに気に入られようと頑張ってるけれどもうまくいかないサクラが可愛い。でも時々牙が出てくるところがとても可愛い。そのほころびに共感する。

次女はサスケくんが一番好きだという。一度だけナルトに大好きキャラの一位の座を明け渡したこともあったけれども、後はいつでもダントツの一位。ちょっと不幸で、復讐に心を奪われた、才能あふれる哀れな孤独なイケメンに魅力を感じるのは、母性本能だ!そうに違いない。

長女はカカシ、大人っぽくリードしてもらいたかったり、暖かく見守って欲しいしかもイケメンにってとき、そして強いと思っていたら意外に体力が無かったりするところも、変なベストセラーに気を取られてしまう可愛いところから、しっかりしてて強いけれども実は頼ったり甘えたりしたいタイプに支持される。

ちなみに私はシカマルが大好きです。「筋を通さない、そんなめんどくさい生き方はしたくないんッスよ」のせりふに惚れました(≧∇≦)

↓投票も作ってみたぞ、どれかをクリックして投票してね。

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2007.07.20

よもぎだんご

(*´▽`*)

娘が学校の帰り道すがら、ヨモギをたくさん摘んできました。

私が小さな子供だった頃、転んでひざを擦りむいたとき、一緒に遊んでいた友達が、よもぎの葉を取ってきてすりつぶし、搾り出した汁を塗ればばい菌をやっつけられるんだよって手当てをしてくれたことを思い出します。汚れた手で泥にまみれたヨモギをすりつぶして出来た液体が、果たして消毒になったのかどうかは別として(笑)、友達のその優しさが嬉しくて、傷は痛むけれども気持ちはとても暖かくてその友達のことを大好きって思いました。

そんな話をした後に、よもぎって食べられるんだよって教えると、よもぎは彼女にとって特別の野草に昇進したようでした。次の日の学校帰りに、ただ一枚のよもぎの葉をちぎって持って帰り、「お母さん、これでお団子作れる?」と問います。ははははっ、たった一枚じゃどこに混じりこんだか分からなくなるよ。

そしてまた次の次の日、なんとビニールのこぶくろいっぱいに詰め込んだよもぎを持ち帰ってきました。聞けば、一緒に帰っていた友達や、学校の知り合いがたくさんで、ヨモギ集めを手伝ってくれたそうなんです。ビニールから取り出してみれば、新芽のヨモギから、どう見ても立派に成長しすぎて硬そうなヨモギ、なぜかススキ、なぜか三つ葉、なぜか・・・なんじゃこれは?お母さんは分かりません(笑)子供たちの好奇心がたっぷりと詰まった野草の束がキッチンを占領しました。

せっかく集めてきてくれたのだから、食べようと思いました。ごちゃまぜの野草群の中から、やわらかくて食べられそうなヨモギを選び、よく洗いました。何しろ、子供たちの見つけてくる場所って、ワンコの散歩道ですから。うわぁ、あまり想像しないようにしよう。考えると食べられません。洗います、洗えば大丈夫。何、ちゃんとこのあと湯がくし。

たっぷりのお湯を沸かして、塩をやや多めに入れ、ヨモギをサッと潜らせます。このとき、食用の重曹を入れたら、アクがよく取れると思うのですが、残念。ストック無し。

その後、水にさらしたまま半日放置。

水気を絞って、すり鉢でペースト状になるまでゴ~リゴ~リとすりつぶします。

上新粉!!

家にはまず置いてないですから、買いに走りました。小麦粉ならあるからヨモギクッキーでもよかったんだけどね。何か今日はだんごな気分でした。

上新粉に、お好みの量の砂糖や塩、やや熱いお湯をほどよく注いで、手で混ぜます。混ぜます。混ぜ・・・混ぜ・・・重い、これが重くなります。重いです。重くてとても混ざりません。こうなると、手に体重を掛けて練ります。感触が気持ちいいです。端から見ていると笑えると思います。「ふむっ」とか「ほっ!」とか、「うりゃっ」とか、あたしんちのお母さんの姿を想像しながら効果音つきで粉を捏ねてだんごにしている絵を想像してください。なかなかアットホームすぎて涙が出そうです(色気皆無)

たっぷりとお湯を沸かして、この捏ね上げただんごをすこしずつちぎってゆでます。初めは鍋の底でうずくまっているだんごですが、ゆでるとだんだん浮き上がってきます。それをすくい上げて冷水に落として冷まします。粗熱が取れたら余分な水分をふき取って、さらにひとつにまとめます。これがなかなかまとまりません。一緒になることを拒んでいます。やあねえ、どうせ、ひとつになって、さらに分割して食べられる運命だからか、そうなることを必死で抵抗しているとしか思えないくらいにまとまりません。でも、無理やりにでもくっ付ける、そして体重を掛けて揉むもむ。

最後に、すりつぶしたヨモギをだんごに混ぜ込んでいきます。混ざらなくても気合で混ぜて捏ねて10分も頑張れば、よもぎだんごみたいな物体に仕上がっていくから不思議。

緑色した物体をピンポン玉の大きさにちぎって丸めていると、幼い頃に砂場で泥饅頭を作って遊んでいた記憶がフラッシュバック・・・綺麗な丸い形、しかもつまんでも形が崩れない究極の泥饅頭をこしらえるのは、とっても難しくて、それを完璧に造詣できる子は、皆から尊敬されていました。その泥饅頭にサラ砂という名の模擬粉砂糖を振りかけて、いつまでもいとしく眺めていたあの頃。あの記憶がよみがえって、今作っているよもぎだんごが、どう見ても食べられるものに見えないのが、ちょっと、アレ、でした(笑)

でも、母親の権力を最大限に駆使して、家族に強制的に食べさせました。何故みなそう嫌がる?爆笑。きっと、ヨモギの出身地が犬の散歩道だってよくわかっているから?想像するのはやめて、だんごさん兄弟を連想して食べました。

かすかに野の香りが利いていて、とても美味しかった。。。

はず!

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2007.07.19

ピアノの森

( >o<)~ノ☆

映画ピアノの森(アニメ)が7月21日より公開されますが、
うちの近所の映画館では興業されません。
( >o<)~ノ☆なんでやねん!!ぷんぷん!!

海くんのピアノ演奏にはウラディーミル・アシュケナージが担当しています。
これだけでも必見必聴の価値アリです私の中では。

宣伝動画だけでもすでに鳥肌が立ってます。
好きだなあ、この一色まことの世界感。

ブログパーツに面白いものがあったので、貼り付けてみました。
顔文字を日記に含んで記事をアップすれば、
その顔文字に連動した音楽がブログパーツから流れるそうです。
そして顔文字を書けば書くほどレベルアップして聞ける音楽の種類も増えるそうです。

試したくなって、実に4ヶ月ぶりに年記の埃を払いました・・・

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2007.04.18

目玉のおやじデスクトップマスコット

Medama3

オオオニバスの上にちょこりんと。

Medama1

ドラッグしてぐるんぐるんと動かしまわすと、いたずらは止めんかと諭されました(笑)

Medama2

ドラッグを離すと、煙に包まれてお椀がくるくる回ります。

もうすぐ公開される実写版げげげの鬼太郎サイトで入手できます。

ちなみに、何のためにってほとんど意味が無いです。マスコットから最新映画情報などを知るくらいで、あまり役には立ちません(笑)

和ませてくれてますけど、これでますますPCの起動が遅くなるかも?!

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すももたろう★2

すももたろうは、おじいさん、おばあさんからの愛情を一心に受けて、すくすくと元気に育ちました。

ディスカウントドラッグストアで買ってくる赤ちゃん用ミルク缶1キロ入りが、みるみる減っていきます。

何しろ、恐ろしい食欲の赤ん坊でした。

それはそれはミルクをたくさん欲しがりました。

200ccの哺乳瓶など、すももたろうに渡すと同時に一気飲みで、乳首の穴が小さくて出が良くないと、かんしゃくをおこすほどの飲みっぷりです。

そして200ccを飲み干したかと思うと、まだ足らないらしくいつまでもオギャアオギャアと泣き続けるので、おばあさんはしまいには200ccミルクを2本用意するようになりました。

年金暮らしの家計を圧迫する育児費に悲鳴をあげながらも、おじいさんとおばあさんは必死ですももたろうを育てました。

過疎化のすすむ村で、すももたろうは村の皆にかわいがられ、愛されて育ちました。

同時に甘やかされました。

ちやほやされ、歩くだけで声をかけられ、お菓子を与えられ、お土産を持たされ、何でも許されました。

狭い村社会でアイドルとして育ったすももたろうは、小学校に上がる年齢に差し掛かったときには、図体ばかりが大きくて、自己中心的で、世の中に愛され構われやさしくされることが普通で、世界は自分中心に回っている錯覚に陥った子供に成長しました。

<<<モドル★1

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2007.03.23

@niftyのアプラグβ

>>アプラグβ

↑@ニフティさん頑張って更新していますね!

ホームページから、ブログの更新情報をRSSで簡単に読み込むことができればと常々思っていたのですが、やはりニーズや要望がたくさんあったのでしょうか。
以前、moondakotaさんのブログで紹介されていたRSS読み込み型ページを作っていたのですが、時々なぜかエラーが出たり、読み込めなかったりしていたのです。それは特に画像をアップした記事を書くと、読み込みがエラーになる確率が高いなぁと思ってました。

パソコンもセキュリティの強化がますますたくましくなって、javascriptやフラッシュを表示しようものなら、いちいち閲覧に許可するために、バーをクリックしなくちゃいけなくなってはなはだ面倒です。

今回のアプラグもjavascriptで読み込むので、その事前ワンクリックは避けられないですね。あー面倒じゃ。でも、リーダーは魅力的ッス。

設置は、読み込ませたいブログのRSSのURLをまずは登録します。ブログの数だけ登録する必要があります。そして、ドラッグ&ドロップでWEB上の表示画面に並べます。並べたい順番に上下を入れ替えて、あとは、パネルを張るというボタンをおして出来上がったスクリプト読み込みタグを、自分のホームページの読み込ませたい部分に貼り付けるだけなので、簡単といっちゃあ簡単かも。

さらに、このデザインではちょっと不都合があるときには、CSSを書き換えることもできます。

やり方はヘルプを参照して、スタイルシートの書き方・・・これはちょっと説明不足ですよ~。

パネルのスタイルシートについてというリンク先を見れば、それが表示されているので、それをコピーして、自分の好みに書き換えます。それを自分のホームページサーバーへ「CSS]というフォルダを作成した中にアップロードする必要があります。

WEB上で書きかえれるかと思ったけれど、そこまでの親切なサービスはありませんでした(望みすぎじゃ)

我が家のホームページはこんな感じに、記事のタイトルを読み込ませることができるようになりました。

今回のこのパーツは、ニフティの会員でなくても、利用登録すれば誰でも無料で利用できるっていうのがいいですね。

感謝、感謝(^^)vv

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2007.03.21

すももたろう

むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが仲良く暮らしていました。

「じいさんや、今日もええ天気じゃのう。」

「ああ、そうじゃのう、ばあさんや。」

ある日、おじいさんは、山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯へ出かけました。

おじいさんは、芝を刈るその前に、無法者の登山者が捨てていったごみを拾い集めてため息をつきました。

おばあさんは、川で洗濯したら洗剤で川を汚染してしまうので、畑で収穫した野菜の土を川の水で洗い流すにとどめました。腰も痛いし、洗濯は洗濯機に任せて汚れた水は下水に流し、微生物に分解してもらおうと思いました。

おじいさんが丹精こめて育てたほうれん草を洗っていると、川の上流から、大きな大きな何かが、どんぶらこ、どんぶらこと流れてくるではありませんか。

おばあさんは、驚いて大急ぎで流れてくるその大きなものを引き寄せました。

見ると、それはそれは大きなすももでした。

「なんて、大きなすももなんだろう。そうだ、おじいさんと一緒に今夜食べるとしようかの。」

と、お年寄りとは思えない怪力で、その大きなすももを肩で担ぎ上げて、家に持って帰りました。

家に戻って、おじいさんと一緒に抱えて、まな板の上に乗せようとしましたが、あまりにもの大きさなので、まな板がどこにあるのか隠れて見えなくなりました。

「こんな大きなすももは、初めてみるのう。」

「さて、どんな味かのう。」

おじいさんとおばあさんは、とりあえず、すもものてっぺんから、包丁を入れ始めました。

すると、頂点からぱっかんと真っ二つにすももは割れて、その中にはなんと、元気な赤ん坊がほぎゃあほぎゃあと泣いていたのです。

すでに成人し、りっぱなおばさん、おっさんになってる、そのおじいさんとおばあさんの子供たちは、この家から独立して立派に生計を立てているので、子供の居ないおじいさんとおばあさんは、驚き、とても喜ぶような気持ちにはなれませんでした。

(ま、また一から子育てをしなくちゃいけないのかのう、わしらはもうこんなにヨボヨボなんじゃがのう)おじいさんの心の声

(か、かわいいけどのう、わしももう乳も出んし、だっこするのも腰が痛とうてのう)おばあさんの心の声

しかし、赤ちゃんはとても元気で愛らしく、初めて出会うおじいさん、おばあさんに、エンゼルスマイルを見せるのでした。もはや悩殺です。

「こ、これは、神様からのわしらへの贈り物かのう。」

「この子がいれば、わしらも、毎日が楽しくなりそうじゃのう。」

おじいさんは、現在の年金支給額から、子育て費用をさっと見積もりして、満面の笑顔を浮かべました。

「少し、きりつめたら、育てて育てられんこともないよのう。」

おばあさんは、昔子育てするときに使っていたおんぶ紐や、哺乳瓶がどこにしまってあるのか、納屋の中の収納シュミレーションを一生懸命思い出していました。そして、居間の一番日当たりの良い場所に、まだ捨てていないはずのベビーベッドを置いた部屋の感じをすでに思い浮かべていました。

「もう、あまり楽しみのないわしら年寄りも、長生きしとったら、ええことがあるもんじゃのう。」

そうして、赤ちゃんは無事におじいさん、おばあさんのそばで育てられることになり、名前は、すももから生まれたので「すももたろう」と呼ばれることになりました。

(^^)v

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2007.03.20

華麗なるは流行語大賞にノミネートされるか

 ちまたでは言葉やタイトルに「華麗なる」という形容詞をつけるのが流行っていますね。華麗なる例の一族の物語がこの流行語をブレイクさせるのに頑張っているのを見るのが、今期の楽しみでした。視聴率では後半くらいから、花より男子にひっくり返されたりしてたけれど、私はこのドラマ、結構お気に入りでした。一番笑わせてもらったのが、将軍という名の機械仕掛けの鯉のおよぎっぷりでしょうかやっぱり。あの動きにあの重鎮大御所まんぴょうお父様の演技があまりにものミスマッチで、いろんな意味で楽しめました。あの鯉はコンピュータで遠隔操作して泳がしているそうですね。将軍と呼ぶ割には、そこまで大きい~とは思わなかったのですけど、リアル機械仕掛け鯉将軍はいったいどのくらいの大きさだったのかがもっとも気になるところです(そこかいっ)

 でも鉄平さんの最後の人生の選択は実はとても共感を覚えました。あそこで鉄平さんらしく、不屈の精神で夢を追いかけて、日本の発展のために再度立ち上がっても痛快爽快かもしれませんが、ヒトには夢を追いかけろ、あきらめないで、会社を発展させてくれと大演説で崇拝者を感動させておきながら、自分はあきらめて命を絶つことを選ぶ弱さが、ああ、鉄平さんも普通の弱い人間だったんだなぁとすごく共感を覚えたんです。遺書に書かれた最後の言葉が二番目に印象的でした。「どうして自分はそれとは別の道を選ぼうとしているのだろう・・」鉄平さんは本当に、父親やその周りの人たち、家族に迷惑をかけたことを悔やんで命をたったのだろうかなぁ。そうすることが、生まれてしまった自分の、愛してもらいたかった父親へのせめてもの償いと思っていたんだろうかなぁ。表面的にはそう思って、手紙にしたためて、そう思う自分を自分で支えながら、ライフル銃の引き金を引いたのだろうとも思うけれど、別の見方もできます。鉄平さんは自ら死を選ぶことで、父親の関心を一時的にでも最大パワーで自分自身にひきつけたかった、幼い子供の悲しいこころを抱えたままだったのだろうなぁと思いました。彼が最後に抱きしめていたのは、ライフルという名の自分の子供のころの幻想。その子供の彼を慰めてあげたいから、彼は父親の関心を引くために最後のカードを切った・・・・

 愛されなかった子供は、大人になっても自信満々に見えても、どこかもろいのは、愛情という根っこが自分自身の心の地面にはびこっていないからか。だから鉄平さんは実は弱くてラストは死を選んでしまうのか。結果、読者やドラマを見ている人をがっかりさせて、そんな腰抜けだったとはとののしられたり、呆れさせたり、でも、それが人間で、かっこいいばかりじゃないところをあえて書いたり、そんなのでいいのかと思わせたりする手腕は、結構感動ドラマを見慣れている最近にしては、乙だなぁと思ったのでした。

 そういう意味ではまんぴょうお父様もあまりにも人間臭いですよね。理想の父親像としてはあまりにもかけ離れていて、どうしても好きになれない汚いところばかり。実際私も、娘も、毎回「親父、汚い~!」「あの悪者、どうにかして~!」と悪態をつきながら見ていました。だけど、だけども、認めたくないのだけど、どこか共感している自分にも気がついているのです。お父様も祖父にずっと認めてもらえず、死んでからも亡霊として脅かされ続け、愛する妻も手篭めにされ、人生の大半を苦しみ続けて、その抜け口を探しているのに見つけられないままに、家族をも巻き込んで苦しみを与え続ける、そのことに、一番気がついていたのはまぎれもないまんぴょうお父様自身であったからこそ、妻もだまって耐えるという行為で、すべてを受け入れて許してきたのだろうし、お妾秘書もお父様に尽くしてきたのだろうなぁ。妾様の最後の去り際も超かっこよかったですね。愛する人に心の負担を残さないようなきれいな去り方で、いい女だなぁって思いました。頑張ったねぇ。きっと、こういう女は、退職金も貰ったふりをしながら、影でわからないように万表お父様のためになる使い方をするんだよね。と、信じたい。そうだと美しい。へっへっへ。原作や、ドラマ制作者の意図とは違う受け取り方をしているのかもしれないけど、私はそう感じて、どろどろ人間ドラマはとても面白かったです。

 しかし、血液型が後になって違うとわかったというネタは、30年前だなぁって感じですね。原作の時代を感じてそれも面白かったです。うんうん。終始、気合の入った昼メロゴールデンタイム版・・・って感じでしたね。次は織田ユージ君のドラマを見よう♪

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2007.03.16

@niftyはメールフォームの設置が難しい

というのは、CGIの置く場所がまず、htmlや画像ファイル、midiファイルなどのパーミッションを変更しなくてもよい場所ではなく、別の違う場所にあるんですよね。だから、CGIの読込先は、配布サイトに指定してあるそのままアップすればいいというわけではなく、読み込みアドレスをそのCGI置き場に指定しなおさなくちゃいけない、それがまずはCGIを初めて扱う人には、恐ろしく難しいのです。それでも、なんとかBBSとか、アンケートとか設置して遊んでいたわけですが、どうしてもメールフォームだけが設置できなかった。おかしいなぁ、と思いつつ、昨日niftyでのCGI設置方法を読んでたら、sendmailというシェルスクリプトは@niftyHPサーバーでは扱えないのですね、だから設置しても動かなかったんだと、がっかり・・・

素直に素材提供してくださってるメールデコードを使うのが簡単でしたけど、もっともっとシンプルに、「メッセージ」と「送信ボタン」だけにしたいなぁ。この素材で、そのシンプルなフォームに設定しようとすると、エラーが出てできませんでした。@niftyサーバーでそれはできるのかなぁ。シンプルなサイトでよく見かける、メッセージ書き込み欄と押しボタンだけのメールフォーム、しかも小さいのって憧れなのですよね。自分でスクリプトを書くしかないのかな。ひいぃぃわからないよあんな宇宙語。

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2007.03.10

献血、初の500万人割れ!!

 献血をする人が減り続けているというニュースを見て、えーそれはいけないじゃない、輸血で元気を貰っている人がたくさんいることを知っている私としては、愕然とすると同時に、そうだろうなぁ、やっぱりなぁって思いました。というのは、先日、献血を募集する掲示を読んでいたら、何故?と思うことがあったからです。それは、200CC献血は充分たりているから、全て400cc献血のみを募集していますという報告です。200ccを必要としている小児科枠では、それは充分にたりていて、必要なのは400ccの献血です、というもの。私は、正直いってムッとしました。なぜなら、私は貧血傾向があって、とても献血したくても400ccをしようにも取ってもらえず、ようやく200ccが取ってもらえるというナサケナイ骨髄の働きしかない人間だからです。献血したくても、まぁ、そりゃね、貧血気味の200ccの血液なんて、輸血しても、ヘモグロビンの濃厚な優良血液に比べては、もう欠陥商品みたいなものなのでしょうけど、それでも、無いよりはマシかな・・・と思っていたんです。それに200ccを他の200ccを足せば400ccになるじゃんって単純に思っても居たのですけど、衛生の問題やら、難しい問題やら、よくわかってないけれども、混ぜるのは医学的に良くない・・・??みたいですね。血液同士がはじき合うのかなぁ。分かりません。兎に角、献血は400ccが一番必要とされていて、医療行為にも扱いやすいらしい・・・。でもねでもね、200ccならば頑張って協力したいなって思っている人もたくさん居ると思うんです。何故あんまり必要ないからこれからは400ccで、みたいな、切り捨てるような言い方をするんだろうって、そのときはカチンときてしまったのです。詳しいことを知らないから、輸血したい立場の狭量な考えなのですけどね。

 でも、若い人たち、もっと輸血に関心を持ってもらいたいです。輸血は怖くないです。ちょっと採血検査で針を刺されて痛いだけ。その注射針だって、薬物を皮膚に入れるわけでもないから、刺す瞬間が痛いだけで、あとは全然痛くないのです。そして、いよいよ検査に合格して輸血する時になっても、太い針を刺して血を抜くだけです。もちろん400ccも抜くから、少しはフラフラするかもしれないし、針が怖いからビビるかもしれない。でも大丈夫。この輸血を必要としている人は、そのほんの少しの勇気のお陰で、今、この瞬間、今日を大切に生き抜くことが出来ているのです。そもそも、血を抜いて、どうにかなるくらいだったら、その前段階の検査で「あなたは献血できません」と、はっきり宣言されるので、命に別状なんて絶対にありえないし、体調が悪くなることもきわめて稀だと思います。私も弱い貧血人間ですが、体調が良くてご飯をたくさん食べて、睡眠も充分たりている日は、ヘモグロビンもたくさんに増えていて輸血できることもあるんです。どうか、行った事もない方も、思い切って輸血に出かけてみてください。小さな勇気と、親切でいただいた献血のおかげで、とてもしんどくて、息することすらつらくて、起き上がれなくて、ご飯も食べる元気もでない誰かが、まっすぐに頭をあげて、もう少し頑張ろうって気持になることもあるんです。どうかどうか、お願いします。献血をお願いします。私も、献血の出来そうな日は、たくさん寝て、たくさん食べて、ヘモグロビン値を上げて出かけようと思います。

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2007.03.07

エスプレッソはエスプレッシーヴォ!

 私はコーヒーが好きです。一日にヘタしたら5杯以上飲んでしまいそうになるので、必死で我慢を重ねています。胃が強くないんです。なぜ強くないと言い切れるかと言うと、かつて若かりし頃、と言っても二十歳になったばかりの頃でしたけども、人の人生を鑑定することのできる霊感を持つ人物から、私の顔をひと目見るなり「あなたは胃が弱いです。大切にしないと胃で大病します。」と言われたことを妄信しているからです。確かに弱いような気がします。すぐに胃が痛くなります。心がデリケートなんです(はい?)そのくせ、いつもおなかがすいているような感覚に負けています。そして気を抜けばすぐにおなかを壊します。そして大腸の大掃除です。それを私は定期的な消化器官系のメンテナンスと呼んで、歓迎します。要するに、規則正しく働かないのが私の内臓なのです。でも元気です。だから気にしていないけれども、コーヒーが飲めなくなったら人生の楽しみの一部分が無くしてしまうから気を配っています。

 で、コーヒーなんですけど、最近我が家もエスプレッソマシンを導入いたしまして、家に居ながら、カップにふわふわとあわ立つあの貴族が飲むようなコーヒーを頂いてます。入れ方は、深煎りのコーヒー豆を細かく挽き、専用の器具を用いて圧力をかけ短時間で抽出します。濃い少量のコーヒーのことです。識者の間では、エスプレッソとコーヒーとではまったく別の飲み物だとも言われているそうですね。そして、ややこしいけれどもこれは全部機械と島そだちパパがやってくれます。私は大変偉そうに優雅に椅子に座って出来上がってくるのを待つ女王様です。マグカップの底のほうへちょっこりと抽出したエスプレッソコーヒーに、牛乳をこれまた霧噴射で細かくあわ立てたふわふわとたっぷりと乗せて飲みます。素晴らしく美味です。きめ細かくあわ立てた牛乳は角が立つくらいにしっかりとしているのにフワフワ。そして生クリームほどにくどくもなくサラリとした口当たり。コーヒーを飲み干してもまだカップの底に残ります。もったいないからスプーンですくって泡のみを食べます。下品なんて言わせません。食品を最後まで残さず食べつくすということは環境に優しいのです。皆さん、牛乳は賞味期限の古いものから買いましょう。グローバルで賢い主婦は賞味期限の古い商品を買うのですよっ(最近の公共広告の受け売り?)

 今週は娘の学年末試験の時期です。主要5教科は勿論、美術技術家庭科、保健体育音楽など、教養4科目も試験範囲に入っていて、普段勉強してないツケを必死で取り戻すべく一生懸命教材に向かっています。昨日の夜は音楽の記号を覚えていました。あの、とても覚えきれないアレです。私もピアノを習っていたけれど今でも覚えているのは、強弱記号と速度記号くらいでしょうか。速度標語や曲想を表す言葉、さらにはその他の音楽形容詞っぽい言葉は、ほぼ全滅です。小学生でも知ってるのはのだめカンタービレくらいでしょう。

 で、その中で、まるでコーヒーの入れ方のような名前の言葉があることに、今更ながら気が付きました。エスプレッシーヴォ、表情豊かに。これはコーヒーにとってなんら関係がある言葉なのでしょうか?音楽記号が先で、あとにこのようなコーヒーの入れ方を考え出されたときに表情豊かな味がまるでエスプレッシーヴォな表現をなされている音楽のようだと誰かが言い始めて、エスプレッソと呼ばれるようになった・・・・嘘です。戯言です。すみません。ネットで検索してみるとどうやらエスプレッソの語源ははっきりとはしていないのですが、「貴方のために特別に入れたコーヒー」という意味があるそうです。だからかな、エスプレッソの濃い味が本来の美味しさプラス、特別な妙味も含まれていると思えるのは(妄想です)。

 エスプレッソは長時間深入りした豆を使い、短時間で抽出するので、出がらしのような成分も出にくいばかりか、カフェインも少なくなります。今日もエスプレッソでエスプレッシーヴォ!ちなみに娘は試験日だというのに熱を出して学校を休んでいます。あーあ、職員室であまり彼女にとってすきではないコーヒーの臭いを嗅ぎながら追試を受けなくちゃいけなくなりました。

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2007.03.03

のだめカンタービレ#17

千秋君は、お父さんと共演したいのデスね。
ワタシとの共演の約束は、その程度のものだったんデスね・・・・。

ネタバレなので、まだ読んでいない方はスルーでお願いします。

 のだめちゃんの言葉に、女心がぎゅっと詰まっていて、物分りの良いつまんない女にならない彼女のキャラクターにますます共感を覚えてしまう第17巻でしたね~。そうなんです、女は、好きな男からは何があろうとも自分が一番でなくては気がすまないってところがあります。本当はずっと側ににいたいのだけれども、彼の心の中に、彼の無意識のうちにとても気にしている存在が、自分ではなくてひょっとしたら父親だと悟ってしまうと、なんでか引いてしまって、出会った頃のように一直線に千秋大好き攻撃を繰り出さなくなる女心がすごく分かって、じれったいです。親だろうと、女だろうと、兎に角、音楽以外の何かが、本人の気が付かないうちに占めていることが、嫌なんだってところ、あるかもしれない。のだめちゃんでも、そんな女くさいところがあったんだなあってところが、ちょっと普通すぎて拍子抜けな処も感じましたけどね。もっと当初の勢いで、父親を越えるスゴイ奇行で千秋をぼう然とさせて欲しいなあとも思います。黙って千秋を今のアパートから引越しさせちゃあいけませんよっ、ガンバレのダメちゃんっ!!!・・・・と、ついつい漫画に感情移入。アホかワタシは。

 千秋の寝顔を見てマイナスイオンが、自分の中では今回の一押しストライクでした。大好きな人を眺めるだけでマイナスイオンっスよね~。最近疲れやすいのは、このマイナスイオンを浴びていないせいかもっ、と、ふと気が付いたワタシは、何か好きなもの、好きなものって探しましたよ。最近一番いいなぁ~~って思ったのは、平井堅さんのビデオなんかでは勿論無く(笑、前回のはセクシーすぎて有害っスし、今回のはあったかふんわりすすぎてインパクトに欠けるのです。勿論相変わらず歌声は大好きですけどね)、「どろろ」に出演されてる妻夫木聡くん演じる百鬼丸の超かっこいい立ち回りアクション姿だったりします。やたらとかっこよかったので、ミーハーを自負するワタシは早速に、携帯の待ちうけを百鬼丸にしました。ついでにMIXIのプロフィール画像をも百鬼丸に・・。ああ、これで、肌身離さず百鬼丸のかっこよさを装備することが出来て、いつでもマイナスイオンに浸ることができるってわけです。・・・って、コレって、著作法違反かも!!!

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